米国プリンストン大学の小林久志教授は、 IBM社スイス・チューリッヒ研究所のフランソワ・ドリヴォ(Francois Dolivo)、 エヴァンジェロス・エレフテリウ (Evangelos Eleftheriou) 両博士と共に 2005年度エドワード・ライン・テクノロジー賞 (Eduard Rhein Technology Award) を受賞しました。 表彰式は来る10月15日にドイツ・ミュンヘン市の国立博物館内栄誉殿堂にて行われます。
小林氏は、1982年、現TRLの前身であるJapan Science Institute(JSI)の 初代所長として、アジア初のIBM基礎研究所を日本IBM内で設立、 企業内研究所としてIBMの製品の基盤となる基礎および応用テクノロジーの発展に 顕著な貢献をされたのみならず、ご自身も世界トップレベルの研究者として、 広く科学、技術の発展に寄与されました。 また、アジア人として初めてアイビーリーグ(米国8大私立大学)の学部長を 務められるなど、研究者として、教育者としての顕著な偉業を成し遂げられました。 今回の授賞は、小林氏の70年から80年代にかけての基礎的な分野の 研究成果に対して贈られる大変名誉あるものであり、 若い研究者に大いに刺激を与えるものです。
今回授賞の対象となった業績は磁気ディスクにディジタル信号を高速、 高密度で書込み、読取りの際の誤りを最少にする画期的な信号方式である PRML (Partial Response signaling, Maximum Likelihood sequence detection)と その改善方式NPML(Noise Predictive PRML)技術です。 表彰式前日にミュンヘン工科大学に於いて「35年間のディジタル記録技術の変遷」 との標題で3氏による記念講演を行う予定です。
PRML方式は1970年、当時ニューヨーク州ヨークタウンハイツの IBM中央研究所勤務の小林氏が、ディジタル磁気記録密度を大幅に増大する 斬新的方式として提唱したPR記録方式に端を発します。 更に小林氏は、1967年に符号理論の分野で提唱されたヴィタービアルゴリズムの 原理をPR信号の処理すれば、データ読取りの信頼が飛躍的に改善されることを 理論的に示し、PRMLの基本的概念を1971年に確立されました。
1970年代後半から1980年代にかけ、IBMチューリッヒ研究所の ドリヴォ氏のグループが試作品を開発し、PRML方式の優秀さを実験的に確証し、 IBM社は1990年PRML方式に基づく新世代磁気ディスク製品を発表、 業界の注目を浴びました。その後PRML方式は急速に普及し、 大型計算機のハード・ディスク・ドライブ(Hard Disk Drive、略称HDD) のみならず、PC用の小型HDD、最近のヒット商品iPod等のMP3プレーヤーの 超小型HDDにも採用されており、今後次世代携帯電話にもPRML技術を駆使した 超小型・超容量HDDが埋蔵される予定です。 また、光記録製品のCD、DVD等にも近年PRML信号処理方式が採用され、 その高密度化高速化を可能にしました。
ライン賞は1976年ドイツ人故エドワード・ライン氏により テレビジョン技術を促進するべく設立されましたが、 1990年に授賞対象を情報分野一般に拡げ、基礎研究および文化の両分野を加えました。 1991年に情報理論の創始者故クロード・シャノン氏が受賞して 一躍世界的に評価の高い賞となりました。 近年の日本人受賞者としては、半導体レーザーと光通信技術の研究業績で 1997年基礎研究賞を受賞した末松安晴氏がおり、 World Wide Web(WWW)の発明者ティム・バーナー・リー氏は 1998年テクノロジー賞を受賞しています。